決算書の作り方:貸借対照表が語る『会社の忍耐力』を高める方法

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週金曜日に、経営者なら知っておきたい「銀行融資」についての知識を解説しています。

前回は、銀行が決算書にこだわる理由と、月商を基準とした基本的な見方について取り上げました。そこで今回は、貸借対照表(B/S)にスポットを当てます。

銀行はこの貸借対照表を、「会社の忍耐力」を測る重要な指標と考えています。なぜなら、いくら利益が大きくても資金繰りが続かなければ事業継続は難しいからです。

利益と同じくらい、またはそれ以上に「会社はどれだけ資金繰りに耐えられる体力があるのか」を厳しくチェックするわけです。

この記事では、銀行が貸借対照表を見るときに特に注目する4つの財務指標を中心に、各指標の目標値や根拠、そして具体的な改善方法をご紹介します。

さらに、実際に中小企業でよくあるケースを題材に、どんな手を打てば改善につながるのかを例示しながら解説していきます。

会社の忍耐力を高めるための視点を知っていただくことで、今後の事業運営や金融機関との付き合い方に役立てていただければ幸いです。

貸借対照表が語る「会社の忍耐力」とは

貸借対照表は、大きく分けると資産・負債・純資産の3つの要素から成り立ちます。

このうち、銀行は“どれだけ早く現金化できる資産を持っているのか”“どれだけ返済を急がれる負債があるのか”といった点を重点的に確認します。

  • 「資産側」:現預金や売掛金、在庫、固定資産など、会社が保有するモノや権利を示す
  • 「負債側」:買掛金や借入金など、将来支払わなければならない義務を示す
  • 「純資産(自己資本)」:資産から負債を差し引いた残りで、返済の必要がない会社の“蓄え”にあたる

たとえ今期の利益が黒字であっても、資金がすぐ尽きてしまう状態では、実質的な企業の存続は危うくなります。

逆に、ある程度の負債があっても、きちんと返済能力があり、資金が十分に回るのであれば、それほど問題視されないケースもあります。

銀行は、「いざというときの支払い余力(忍耐力)」を判断するために、この貸借対照表の構成を細かくチェックするのです。

銀行が重視する4つの財務指標

銀行が貸借対照表を見るとき、特に注目しているのは次の4つの財務指標です。

どれも会社の安定性や支払い能力を判断するうえで重要なものばかりです。

ここでは、それぞれの目標値と根拠、そして具体的な改善方法について解説します。

まずは全体像を把握していただき、そのうえで自社の状況を振り返ってみてください。

1 手元流動性(現預金 ÷ 月商)

  • 目標値:2ヶ月以上

手元流動性とは、文字通り「手元に残っている現預金が、月商の何ヶ月分に相当するか」を示した指標です。

この指標が2ヶ月を下回る企業は、売上の急激な変動や取引先の倒産による売掛金焦げ付きリスクに対して十分な備えがないとみなされやすくなります。

たとえば、固定費(人件費や家賃など)は売上が下がってもすぐには削れません。

また売掛金の回収が滞る、季節変動で売上が落ち込むなど、資金が予定どおりに入ってこないことも想定しておく必要があります。

2ヶ月分の現預金があれば、こうした突発的な資金不足にも柔軟に対応でき、事業を継続する最低限の体力があると判断されるわけです。

【改善方法】

手元流動性を向上させるには、資金の入りを早め、資金の出を遅らせることが基本戦略となります。たとえば以下のような取り組みが一般的です。

  • 売掛金の回収サイトの短縮
    → 取引先との交渉や請求書の早期発行で早めに回収する
  • 仕入れ支払いサイトの見直し交渉
    → 可能であれば支払いを後ろ倒しにして、手元資金を温存する
  • 不要な在庫の現金化
    → 売れ行きが悪い在庫を処分価格で販売し、キャッシュに変える

これらを組み合わせると、手元の現預金を増やす効果が高まります。

結果として、この指標が2ヶ月を大きく下回っている場合でも、段階的に改善を目指すことができます。

2. 流動比率(流動資産 ÷ 流動負債)

  • 目標値:150%以上

流動比率は、1年以内に現金化できる資産(流動資産)と、1年以内に支払期限が来る負債(流動負債)のバランスを示す指標です。

一般的に「150%以上」が望ましいとされるのは、流動資産には売掛金や在庫など、すぐには現金化できなかったり、現金化する際に値引き(ディスカウント)を余儀なくされたりする要素が含まれているためです。

売掛金は取引先の支払いサイトによって回収が遅れたり、在庫を急いで売り切ろうとすれば通常より安く売らざるを得ない場合もあります。

そのため、銀行は「実質的に流動資産を評価すると2〜3割は目減りする」ことを前提として、流動比率は流動負債の1.5倍以上を確保したいと考えているのです。

【改善方法】

  • 短期借入金の長期借入金への借り換え
    → 支払い期限を先延ばしし、流動負債を圧縮する
  • 売掛金の早期回収促進
    → 早期入金特典を検討したり、回収サイトの見直しを行う
  • 支払手形・買掛金の支払いサイトの見直し
    → 取引先に相談し、資金繰りの安定化を図る

こうした施策を計画的に実行することで、短期的な資金繰りリスクを軽減し、流動比率を高められます。

3. 借入金月商倍率(借入金総額 ÷ 月商)

  • 目標値:運転資金の場合は3ヶ月以内

借入金月商倍率とは、会社が負っている借入金の総額が、月商の何ヶ月分に相当するかを示した指標です。

なぜ目標値が「3ヶ月以内」かというと、多くの企業の商取引サイクル(仕入れ→在庫→販売→売掛金回収)は概ね3ヶ月以内で回ることが多いためです。

もし借入金が月商の3ヶ月分を大きく超えると、通常の事業サイクルを超えた資金需要があるという見方をされる可能性が高まります。

過去の企業倒産データを見ると、この指標が3ヶ月を超える水準に達すると返済原資の確保が困難になりやすく、資金繰りが逼迫しがちです。

【業種別の目安】

  • 小売・サービス業:2ヶ月以内
  • 製造・建設業:3〜4ヶ月
  • 不動産業:6ヶ月以上も許容

同じ借入金月商倍率でも、業種の特性によって許容範囲が変わってきます。

資金の回転が早い業種ほど、より短い期間での返済が求められる傾向にある点に注意が必要です。

4. 自己資本比率(純資産 ÷ 総資産)

  • 目標値:30%以上

自己資本比率とは、会社全体の資産に占める「返済不要な自己資本」の割合を表します。

自己資本比率が高いほど、企業は外部からの資金調達に依存しなくても経営を維持できる体力があるとみなされます。

一般的に30%が一つの基準と言われるのは、売上が一時的に落ち込んだり、主要取引先の倒産や不良在庫などのリスクが発生したりしても、ある程度自己資金でカバーできると考えられる水準だからです。

さらに、金融庁の金融検査マニュアルでも、自己資本比率が30%以上あると「正常先」として扱われやすく、中小企業の平均値(25〜30%前後)と比べても「平均以上の会社」と評価されやすくなります。

実践的な改善アプローチ

ここまで、4つの重要指標についてそれぞれ目標値と根拠、改善方法を概観してきました。

しかし、「どの指標も改善する余地があって、どこから手をつければいいのかわからない」という経営者の方も多いのではないでしょうか。

以下では、月商1億円規模の企業を想定したケーススタディを通じて、どのような改善策が実際に効果的かを具体的に見ていきます。

あくまで一例ではありますが、自社の状況と照らし合わせながらヒントを見つけていただけると幸いです。

1. ケーススタディ:月商1億円規模の会社

【前提条件】

  • 月商:1,000万円
  • 総資産:1億円
  • 現預金:1,000万円
  • 借入金:5,000万円
  • 純資産:2,000万円

【現状の分析】

  • 手元流動性:1ヶ月(目標2ヶ月に対して不足)
  • 借入金月商倍率:5ヶ月(目標3ヶ月に対して過大)
  • 自己資本比率:20%(目標30%に対して不足)

このように、すべての指標で改善の余地がある状態です。

どれか一つだけに注力すればよいのか、それともバランスよく取り組むべきか――まずは具体的な施策を整理してみましょう。

2. 具体的な改善策

以下のようなアプローチを順番に検討することで、1年後には数値面で大きな変化が期待できます。

  1. 在庫の適正化(3ヶ月→2ヶ月分に圧縮)
    • 在庫は必要不可欠な資産ですが、過剰在庫を抱えていると手元流動性を低下させる要因となります。
    • 在庫を1ヶ月分圧縮できれば、約1,000万円のキャッシュが生まれ、手元流動性が1ヶ月分改善する効果があります。
    • 具体的な実施方法としては、商品別の在庫回転率を分析し、発注点を見直し、死に筋商品の特価販売を行うといった施策が挙げられます。
  2. 売掛金回収の早期化(2ヶ月→1.5ヶ月)
    • 売掛金の回収期間が短くなれば、その分だけ運転資金が少なくて済みます。
    • 0.5ヶ月分の短縮で約500万円のキャッシュを早期に回収できるため、借入金月商倍率を0.5ヶ月ほど改善する効果が見込めます。
    • 具体策としては、請求書を迅速に発行する、回収条件を見直す、早期入金特典(ディスカウント)を設けるなどが一般的です。
  3. 遊休資産の売却検討
    • 事業にほとんど使っていない資産を持っている場合は、その維持費がコストになっているだけでなく、決算上も余計に負債やコストを圧迫している可能性があります。
    • 売却益を借入金の返済に充てれば、自己資本比率の向上にもつながります。
    • 具体的な実施方法としては、使用頻度の低い設備の洗い出しや、余剰不動産の活用・売却、リースバックなどの選択肢を検討します。

【1年後の想定シミュレーション】

  • 現預金:2,000万円(手元流動性2ヶ月)
  • 借入金:3,500万円(借入金月商倍率3.5ヶ月)
  • 純資産:2,500万円(自己資本比率25%)

上記のように数値面で改善が見られれば、銀行の評価も変わりやすくなります。

ただし、実際のところは業種特性や取引先との力関係、資金調達計画などにより、すべてが計画どおりに進むわけではありません。

状況に合わせて優先順位をつけ、徐々に取り組んでいくことがポイントです。

業種別の留意点

貸借対照表を改善するうえで、業種ごとの特性も大きな影響を及ぼします。

たとえば、現金商売を中心とする小売業では売掛金の回収リスクが少ないため、借入金を大きく抱える必要はあまりありません。

一方、製造業や建設業は在庫や設備投資がどうしてもかさみやすく、資金繰りのサイクルも長めです。

また、不動産業は他業種に比べて大きな金額の借入を行うことが多いため、借入金月商倍率の適正値も上振れしやすい傾向にあります。

  • 製造業:在庫や設備投資が必要で、借入金がやや多めでも許容範囲
  • 小売業:現金決済が多いため、基本的には借入れを最小限に抑えるのが理想
  • サービス業:人件費の比率が高いので手元流動性が切れないように注意
  • 不動産業:商取引の単価が大きく、運転資金のサイクルが長いので借入金月商倍率は大きくなりがち

自社が属する業種の一般的な資金繰りサイクルや平均的な指標を把握したうえで、どこをどう改善すべきかを考えることが重要です。

まとめ

貸借対照表は、「どれだけ稼いだか」を示す損益計算書と違い、「会社がどれだけ長期間耐えられる体力を持っているか」を可視化する役割を担っています。

今回取り上げた4つの指標(手元流動性・流動比率・借入金月商倍率・自己資本比率)は、特に銀行が重視するポイントであり、いずれも資金繰りやリスク耐性に直結する重要な要素です。

会社の忍耐力を高めるというと、固定費をむやみに削るイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際には在庫管理や回収サイトの見直しを徹底し、無駄な資産を抱え込まないようにすることが最初の一歩です。

そして、改善施策を継続していく中で、自己資本比率を高め、借入金月商倍率を適正水準に近づけることが求められます。

次回は、銀行が重視する「稼ぐ力」の指標について、損益計算書の観点からお話しします。

特に、銀行が注目する3つの利益と、業界平均を超える利益率の作り方について、より具体的な方法論を解説する予定です。

貸借対照表だけでは見えづらい「利益の質」をどのように高めるのか、一緒に学んでいきましょう。

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