銀行格付けの真実:事業承継を考え始めたときの格付け対策

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週金曜日に、経営者なら知っておきたい「銀行融資」についての知識を解説しています。
後継者への事業承継を考えたとき、多くの経営者が気にされるのは、銀行からの評価(格付け)と経営者保証に関する問題です。
特に、個人保証が承継後どのように引き継がれるのかは、大きな不安材料になることでしょう。
本記事では、事業承継時に注意すべき格付け対策について、実務に即した形で解説していきます。
承継後に格付けが急激に下がらないよう、具体的に何をすればいいのか、ポイントを押さえて見ていきましょう。
なぜ事業承継で格付けが変わるのか
事業承継に際して、銀行の企業評価が大きく変わることがあります。
なぜなら、通常は経営者個人の資産背景や長年の取引実績が評価の一部に含まれているからです。
後継者へ経営権が移ると、この評価に以下のような影響が及びます。
- 経営者の個人資産が評価の対象から外れる
先代の経営者が所有する不動産や金融資産などが、会社の信用力を支えていたケースでは、これが承継後には含まれない可能性があります。 - 後継者の経営能力が未知数
後継者が実際に実績を示していない場合、銀行としては「どれほどのマネジメント力があるのか」を判断しづらいため、格付けが下がる可能性があります。 - 事業計画の実現可能性に対する不安
新経営陣によるビジョンや方針が示されたとしても、その実効性が未知数であれば、慎重な評価をせざるを得ません。
これらの要因によって格付けが変動するリスクはあります。
しかし、適切な準備を行うことで、このリスクを抑え、さらに承継を機に財務体質や経営基盤を強化するチャンスにも変えることができます。
承継3年前から始める格付け対策
事業承継時に格付けが下がるリスクを最小限にするには、早期の対策が鍵となります。
多くの専門家や金融機関は、承継の3年前には準備に着手することを推奨しています。
ここからは、承継前の具体的な対策を見ていきましょう。
1. 財務基盤の強化
後継者に負担をかけず、スムーズな承継を実現するには、財務基盤の強化が欠かせません。
具体的には、次のような項目を見直します。
- 自己資本比率の向上(目安:30%以上)
自己資本比率が低いと、銀行の評価も厳しくなります。内部留保の充実や増資の検討など、会社の資本構成を改善し、格付けアップを狙いましょう。 - 営業キャッシュフローの安定化
安定的に利益とキャッシュが生まれているかを示す指標が営業キャッシュフローです。経費の最適化や無駄な在庫の削減などに取り組みましょう。 - 不良資産の整理
遊休資産や償却が終わっていない資産を整理することで、財務状況を分かりやすくし、銀行の評価を改善することができます。 - 個人財産と会社財産の明確な区分け
個人資産を会社の担保に使っている場合は、整理を検討し、後継者が背負うリスクを減らしていきます。
これらの施策を計画的に進めることで、後継者がバトンを受け取る際の財務リスクを軽減し、かつ銀行の信頼度を高めることにつながります。
2. 後継者の育成と実績づくり
銀行は、後継者の経営能力を非常に重視します。
そこで重要なのが、後継者に「経営者としての経験と実績」を積ませることです。
具体的には以下のステップが有効でしょう。
- 社内での実績づくり
- 営業部門での売上達成
- 新規事業の立ち上げ
- 業務改善プロジェクトの推進
- 部門責任者としての管理経験
- 対外的な信用力の構築
- 取引先との関係構築(後継者を早めに紹介し、顔を覚えてもらう)
- 業界団体での活動(イベントや研究会に積極的に参加)
- 経営者セミナー等への参加(経営知識やネットワークを広げる)
このように、後継者が一定の成果を示し、社内外での信用力を高めておくことは、承継後に銀行から「この後継者なら安心して任せられそうだ」と思ってもらううえで非常に大切です。
経営者保証解除に向けた取り組み
事業承継で多くの経営者が抱える最大の課題のひとつは、経営者保証の問題です。
「経営者保証に関するガイドライン」において、一定の要件を満たせば、経営者保証の解除や不要化が可能とされています。
ここからは、その要件を踏まえた具体的な取り組みを見ていきましょう。
1. 財務諸表の透明性確保
まずは、財務面での信頼性を高めることが保証解除の大前提となります。
- 決算書の精度向上(税理士との密な連携)
税理士や顧問会計士と連携して、科目の整理や適切な仕訳処理を行い、貸借対照表や損益計算書を正確に作り込みます。 - 月次決算の実施(タイムリーな経営状況の把握)
年次だけではなく月次ベースで数字をつかむことで、銀行側からも「経営管理体制がしっかりしている」と評価されやすくなります。 - 監査法人や税理士との連携強化(外部からの客観的な検証)
外部の専門家によるモニタリングは、ガバナンス強化の一環としても評価されます。
2. ガバナンス体制の整備
経営の客観性と透明性を高めるためには、組織としての意思決定プロセスを分かりやすく整備する必要があります。
- 取締役会の機能強化(月次での開催と議事録の整備)
経営会議や取締役会を定期的に開催し、議事録をきちんと作成することで、意思決定のプロセスを透明化します。 - 社外役員の登用検討(第三者の視点による経営のチェック)
客観的な視点を社内に取り入れることで、リスク管理や不正防止の強化にもつながります。 - 内部統制システムの構築(業務フローの明確化と管理体制の確立)
標準的な業務手順や責任分担を明確にしておくと、銀行も安心して取引を継続しやすくなります。
3. 情報開示の充実
銀行との信頼関係を構築するには、開示すべき情報を適切に整理して提供する姿勢が欠かせません。
- 事業計画の具体化(3~5年の具体的な数値計画)
「売上・利益の目標」とその根拠となるビジネスモデル、マーケット展望などをセットで明確に示すことで、銀行も先々の見通しを理解しやすくなります。 - リスク管理体制の明確化(想定されるリスクとその対応策)
万一の不測の事態が起きたときの対応を示すことで、リスクに強い会社だと判断してもらえます。 - 定期的な経営状況の報告(月次での業績報告と課題共有)
定期的に情報を開示することで、銀行からの信頼を得やすくなり、経営者保証解除の交渉もスムーズに運びます。
金融機関との関係構築
承継期は、銀行をはじめとする金融機関との関係を再構築する良い機会です。特に、メインバンクとの対話は欠かせません。
承継時期は会社にとっても銀行にとっても大きな転換期であり、これを乗り越えるためには互いの理解と連携が重要だからです。
1. 承継前の準備
- メインバンクへの早期相談
- 承継計画の説明(具体的なスケジュールと方針の提示)
- 課題の共有(財務上の課題、後継者育成の状況など)
- 支援策の確認(保証承継の取り扱い、新規融資の可能性) 事業承継は会社内部だけの問題ではありません。銀行側も計画の早期把握を望んでいるため、率先して情報を共有しましょう。
- 取引金融機関への段階的な説明
- 承継のスケジュール(具体的な時期と移行期間の設定)
- 後継者の紹介(経歴、実績、今後の役割)
- 今後の方針説明(事業計画、財務戦略の提示) メインバンク以外の金融機関とも連携が必要です。後継者を紹介しておくことで、今後の資金調達や金融サービス利用が円滑に進みます。
2. 承継後の対応
- 定期的な経営報告会の実施
- 月次業績の報告(計画との差異分析を含む)
- 課題と対策の共有(具体的な改善施策の提示)
- 将来計画の説明(中期的な成長戦略の提示) 承継後の1年間は、後継者の手腕を見極められる重要な時期です。積極的に銀行とコミュニケーションを取ることで、理解と協力を得やすくなります。
- 関係性の維持・強化
- 経営相談の活用(銀行の持つ情報やネットワークの活用)
- 情報交換の継続(業界動向、経営課題について率直な対話)
- 取引深耕の提案(新規事業展開、設備投資などの積極的な提案) 金融機関との良好な関係は、追加の融資や新たなビジネスマッチングの提案など、企業の成長に役立つ機会をもたらします。
事業承継時の格付け維持のポイント
承継期は、企業の格付けが大きく変動するリスクを伴います。
特に承継後の1~2年は、「新体制がどの程度信頼できるか」を銀行が厳しく観察する期間です。
ここでは、格付け維持・向上のための3つの観点を示します。
1. 安定した業績の確保
承継直後は、急激な変革を行うよりも安定性を重視した経営が求められます。
- 主力事業の強化(既存顧客との関係維持、新規開拓の推進)
- 利益率の改善(原価管理の徹底、販管費の適正化)
- 固定費の適正化(人件費、設備費等の見直し)
銀行は、後継者が守りの経営と攻めの経営をバランスよく実践できるかどうかを見ています。
まずは安定した売上と利益を確保し、「堅実な経営」をアピールしましょう。
2. 健全な財務体質の維持
財務面は銀行の評価に直結します。承継をきっかけに、改めて財務管理を見直す良い機会です。
- 適正な運転資金の確保(資金繰り表の精緻化、与信管理の強化)
- 設備投資の計画的実施(投資効果の検証、返済計画の立案)
- 有利子負債の適正化(借入金の計画的な圧縮、金利負担の軽減)
無理のない借入計画や資金繰り管理を行えば、結果的に銀行からの信頼度が上がり、追加融資や借換えなどもスムーズに進められます。
3. 経営基盤の強化
中長期的に企業が成長していくためには、安定した経営基盤づくりが欠かせません。
- 人材育成の仕組み作り(教育研修制度の整備、評価制度の確立)
- 業務プロセスの標準化(マニュアル化、IT化の推進)
- リスク管理体制の整備(与信管理、品質管理、コンプライアンス体制)
これらの取り組みは成果が出るまでに時間がかかりますが、銀行は「経営者が経営基盤の強化に真剣に取り組んでいる」点を高く評価します。
具体的な管理指標例
格付け維持に向けては、指標を設定し、継続的にモニタリングしながら経営を行うことが大切です。
以下のような指標を月次で確認し、銀行とも共有すると効果的でしょう。
1. 収益性指標
- 売上高営業利益率:3%以上
事業の収益性を表す重要な指標。継続的に改善策を検討します。 - EBITDA有利子負債倍率:10倍以内
キャッシュ創出力を測る指標の一つ。返済能力に直結します。 - 総資本回転率:1回転以上
資産を効率的に使っているかどうかを示します。
2. 安全性指標
- 自己資本比率:25%以上
安全性の観点では、30%を目安にする場合もあります。 - 流動比率:120%以上
短期的な債務を返済する力を表す指標。 - 固定長期適合率:100%以内
固定資産が自己資本と長期負債でどの程度まかなわれているかを示す指標。
3. 資金繰り指標
- 手元流動性:月商1.5ヶ月以上
いざというときにキャッシュを確保できるかどうかを見ます。 - 売上債権回転期間:2.5ヶ月以内
売掛金をどれくらいの期間で回収できるか。 - 買入債務回転期間:2ヶ月以内
仕入先への支払いまでの期間が長すぎないかをチェックします。
これらの指標は、銀行への説明材料にもなります。
「指標が悪化した場合にどのように対処するか」を日頃から考えておき、早期に手を打つことで信頼を損ねずに済みます。
まとめ
事業承継は、企業にとって最大級の転換点であり、同時に大きなリスクを伴う局面でもあります。
しかし、下記のポイントを押さえて計画的に実行することで、リスクを最小限に抑えつつ、次世代に向けた企業成長の基盤を作ることができます。
- 早期の準備開始(最低でも3年前から)
時間をかけて財務やガバナンス体制、後継者の実績づくりなどを進めることが重要です。 - 段階的なアプローチ(急激な変更を避ける)
承継直後に大きく方針を変えると、銀行や取引先が不安を感じやすくなります。まずは安定性を重視する姿勢が大切です。 - 関係者との丁寧なコミュニケーション(特に金融機関との対話)
格付け対策や経営者保証の問題は、銀行の理解と協力があってこそ進展しやすくなります。情報開示や定期的な報告の重要性を忘れずに。
この記事が、事業承継期の不安を少しでも和らげるヒントになれば幸いです。
今後も、経営者の皆さんに役立つ融資や財務の知識をお届けしてまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。