税務調査の録音は合法か?経営者のための法的根拠と実務対応

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。

税務調査は、多くの中小企業経営者にとって大きなストレスとなる出来事です。

特に「調査官に何を言われたか」「こちらがどのように対応したか」などを正確に記録しておきたいと考える経営者は少なくありません。

そこで本記事では、税務調査の録音に関する法的な根拠と、実際にどのように対応すればよいのかという実務的な観点について、事例も交えながら詳しく解説します。

税務調査の録音に関する法的位置づけ

1. 明確な規定が存在しない現状

税務調査を録音することに関しては、法令や事務運営指針などの通達に明確な規定が存在しません。

たとえば国税庁が開示対象としている内規においても、録音に関する項目は確認されていないのが現状です。

このように、実定法上に録音を直接的に禁止する規定がないため、税務調査の方法や進め方については

「権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている」(最高裁昭和48年7月10日判決)と解釈されています。

そのため、調査官が「録音を止めるよう要請する」行為や、「録音している限りは税務調査をしない」と主張する行為は、法的に適法とみなされる可能性があります。

2. 過去の裁判例から見る実態

実際の裁判例として、いわゆる「荒川民商フォーミュラ事件」(最高裁平成20年4月24日判決)というものがあります。

ここでは、調査官に課されている守秘義務違反を理由にビデオカメラによる撮影の中止を求めたことについて、不当ではないと判断されています。

調査官の守秘義務を根拠として、納税者による撮影が制限され得る実例が示された形です。

秘密録音の法的効力

1. 民事上の一般的な判例

秘密録音の証拠能力について、一般的な民事上の判例としてよく挙げられるのが、東京高裁昭和52年7月15日の判決です。

この判決では、録音が「著しく反社会的な手段」を用いて得られたものでない限り、証拠能力は認められる(証拠として適法)としています。

2. 税務調査での秘密録音が否定されにくい理由

税務調査の場面では、調査官の発言に特段のプライバシーが含まれるわけではなく、

納税者が手段として録音を行ったとしても、それが「著しく反社会的」と評価される可能性は低いと考えられます。

実際の税務裁判や裁決事例でも、納税者による録音データが証拠として採用されている事実があります。

したがって、税務調査の際に納税者がひそかに録音を行った場合、その行為自体や録音データの証拠能力が全面的に否定される法的根拠はほぼ見当たらないといえます。

「守秘義務」を理由とする録音拒否の矛盾

調査官が録音を拒否する際に、よく持ち出される根拠の一つに「守秘義務」があります。

しかし、国税通則法127条や国家公務員法100条・109条で守秘義務を負っているのは調査官(国税職員)であり、納税者自身ではありません。

納税者が自らの情報を録音し、それをインターネットで公開したとしても、以下の理由から調査官の守秘義務とは直接関係しないと考えられます。

  • 漏らした情報は、納税者自身のものである
  • 納税者本人が公開した時点で、それはもはや秘密の情報ではない
  • 守秘義務を負う調査官が情報を漏らしたわけではない

実際には、調査官が「守秘義務」を理由に録音を拒絶しようとする背景には、やりとりの内容が正確に記録されることで、自身の発言が後日問題となるリスクを回避したい意図があると推察されます。

適正・適切な調査を行う自信があれば問題視されることのない録音が敬遠されるのは、そうした懸念があるからとも言えるでしょう。

録音が発覚した場合の現実的対応方法

では、実際に税務調査を録音していることが調査官に発覚し、録音をやめるよう要請された場合には、納税者はどのように対処すればよいのでしょうか。

まず前提として、調査官の要請自体は先述のとおり合法的に許容される範囲にあります。

しかし、要請されたからといって、納税者が必ず応じなければならない法的義務があるわけではありません。

1. 調査を続行しないリスクと「受忍義務違反」

納税者が録音の中止要請を拒否し続けた場合、調査官は「録音をやめないなら調査をしない」として帰ってしまうことがあります。

そうなると、「納税者が受忍義務に反して調査に協力しなかった」と判断される恐れが出てきます。

税務調査における「受忍義務違反」とは、法律上の権限を持った税務職員が行う正当な調査に対して、納税者が不当に協力しなかったとみなされる状態を指します。

このような状態と判断されると、後述のように実務上で重大な不利益を被る可能性があります。

2. 受忍義務違反がもたらすリスク

実際に、平成24年6月1日公開裁決事例では、「レコーダーを作動させることに固執し、帳簿書類を提示しなかったことは青色申告の承認取消事由に該当する」と判断されています。

つまり、録音にこだわるあまり調査協力がないとみなされると、以下のようなリスクが具体化します。

  • 青色申告の承認取消
  • 消費税の仕入税額控除の全額否認

これらはいずれも、企業の資金繰りや財務に深刻な影響を与えかねない大きな不利益です。

納税者としては、録音行為が調査に協力しない姿勢ととられないよう、注意を払う必要があります。

録音する場合の実務的アドバイス

前述したように、録音行為自体は法的には禁止されていない一方で、調査官とのやりとりがこじれたり、受忍義務違反と判断されたりすると大きなリスクを伴います。

そこで、録音を検討する場合には以下の点を考慮してください。まずはそれぞれの項目を挙げ、後段で具体的な注意点を解説します。

  1. 調査官に告げずに録音する
  2. 録音が発覚したら柔軟に対応する
  3. 後になって録音が発覚した場合
  4. 調査官が録音データの削除にこだわる場合

これらは一見すると「強行策」のように感じられるかもしれませんが、実際には対立を避けながら自衛手段を講じるための選択肢です。

以下、それぞれについて詳しく見ていきましょう。

1. 調査官に告げずに録音する

事前に「録音していいですか?」と尋ねても、承諾を得られないケースがほとんどです。

そこで、机の上にスマホを伏せておくなど、外からはわからない形で録音するという選択肢が現実的になります。
ただし、この方法を取る場合も、あくまで「調査内容の正確な記録」を残すための手段であることを念頭に置いてください。

2. 録音が発覚したら柔軟に対応する

録音中であることが調査官に発覚した場合、最も避けたいのは「録音をやめない限り帳簿を出さない」といった姿勢です。

これは調査に非協力的と見なされ、「受忍義務違反」に直結するリスクが高まります。
したがって、その場で録音をめぐる議論が行われた場合は、あくまで冷静に対応し、「必要以上に調査を妨げる意図はない」という姿勢を示すことが重要です。

3. 後になって録音が発覚した場合

すでに帳簿等を提示して調査がある程度進んでいる段階で、後から録音の事実が分かったとしても、その時点で受忍義務違反を問われることは考えにくいです。

調査官から録音データの削除を要請されることもあり得ますが、法的に応じる義務はありません。
もっとも、今後のやりとりを円滑に進めたい場合、状況によっては「削除に応じるかわりに、調査の早期終了を図る」という折衷案も選択肢として検討してみてください。

4. 調査官が録音データの削除にこだわる場合

録音内容に特別に問題がなく、納税者側としても録音データに固執する理由がない場合は、「削除することで調査が早く収束するのであれば、、、」という姿勢を示すのも一案です。

あらためて強調すると、納税者には録音を削除する法的義務はありません。しかし、今後の調査や税務署との関係を長期的に考慮した場合、譲歩によって得られるメリットが上回ることもあるのです。

録音の意義と実務上の判断

税務調査における録音は、商談の議事録を残すのと同様に、「言った・言わない」のトラブルを回避するための有効な手段です。

特に中小企業経営者の場合、税務知識や調査対応の経験が乏しいことも多く、「後から何を指摘されたか思い出せない」「意図しないまま合意してしまった」というリスクへの備えとして録音は役立つでしょう。

一方で、録音に過度にこだわると、調査官との関係が悪化して受忍義務違反と認定され、青色申告の承認取消や消費税の仕入税額控除否認といった重大なペナルティを招く可能性があります。

「万が一に備えるための録音」が、自らを追い込む結果になることは避けなければなりません。

まとめ:バランスの取れた対応を心がけよう

税務調査の録音は、法的には禁止されているわけではなく、証拠能力も認められる傾向にあります。

しかし、以下のポイントを踏まえて、バランスの取れた対応をすることが重要です。

  • 録音の目的は自己防衛であり、調査官との対立を深めることが狙いではない
  • 録音に固執しすぎると受忍義務違反とみなされる可能性があり、青色申告の取消や消費税の仕入税額控除全額否認など、深刻な不利益につながりかねない
  • 状況に応じて柔軟に対応する姿勢を持ち、場合によってはデータ削除などの譲歩も検討する

税務調査は対立の場ではなく、あくまで適正な納税を確認するプロセスです。

録音を活用する場合でも、できる限り調査官との軋轢を生まないよう配慮しながら進めるのが賢明です。

法的知識を十分に把握しつつ、無用なトラブルを避けて調査を円滑に進めることが、最終的には経営者の利益を守ることにつながるでしょう。

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