税務調査で個人口座の開示を求められたら?法的根拠と実践的な対応策

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
我々が立ち会う税務調査では、法人の調査にもかかわらず代表者個人の情報開示が求められるケースに遭遇することがよくあります。
代表者個人の通帳や親族の資産状況にまで調査官が踏み込んでくると、「本当に応じなければならないのか?」と戸惑う方も少なくありません。
実際、法人税の調査であっても、個人口座や家族の預金通帳を提示するよう要請される事例は珍しくないのです。
しかし、こうした要請には正当な法的根拠が必要であり、やみくもに応じてしまうと個人のプライバシーや家族の資産情報まで不必要に晒すリスクが高まります。
そこで本記事では、税務調査で代表者個人の情報開示を求められたときに、どのような法的根拠に基づいて対応すべきかを整理してみます。
税務調査における個人情報開示要請の実態
法人税の申告内容に不備や疑いがある場合、税務調査では「法人資金が個人口座を通じて動いているのではないか」といった可能性を探ります。
そういった場合には、調査官から代表者個人の通帳や家族名義の口座まで確認したいという要請が行われることがあります。
過去に実際、個人口座を利用して法人の売上や経費を操作していた例もあるため、調査官としては念のため確認したいという意図が働くのです。
一方で、企業側からすると「法人とはまったく関係のないプライベートな取引履歴まで調べられるのは困る」というのが正直なところでしょう。
とくに親族や家族の資産状況まで開示するとなれば、プライバシーの侵害が深刻化するおそれも否定できません。
そのため、どこまでが正当な調査範囲なのかを理解しておくことが重要です。
質問検査権の法的範囲を理解する
税務調査は「質問検査権」に基づいて行われますが、これは国税通則法第74条の2によって範囲が明確に定められています。
同条によれば、法人税の調査における質問検査権はあくまでも「法人」が相手方であり、調査対象物は「法人の帳簿書類その他の物件」に限定されるというのが原則です。
したがって、代表者個人の通帳や家族の銀行口座といった“個人の所有物”は本来、調査対象に含まれません。
もっとも、法人との資金移動が疑われるなど「事業関連性が強く示唆される場合」には、個人口座を調査する必要性が認められる可能性もあります。
重要なのは「なぜ個人口座を確認しなければならないのか」という調査官の説明が具体的で合理的かどうかです。
事前通知との整合性を確認する
税務署が税務調査を実施する場合、事前に調査対象の税目や日程、主な目的などを記載した「事前通知」が行われます。
通常、法人税の調査であれば、法人の帳簿や関連資料が主な範囲として示され、代表者個人や親族の通帳が最初から明記されるケースはまれです。
ところが、調査が進むなかで「非違(違法・不正)が疑われる」具体的な事実関係が新たに判明した場合、追加的な調査が認められます。
つまり、当初想定されていなかった個人情報を確認するにしても、漠然と「なんとなく疑わしい」という可能性論だけでは不十分なのです。
したがって、追加で提示を求められた場合には「非違を疑わせる具体的な根拠」を調査官に尋ねることが効果的な対策となるでしょう。
調査官の典型的な主張とその反論方法
多くの場合、調査官が個人口座の開示を求めてくる根拠としては「法人に帰属すべき金銭が個人口座に入金されているかもしれない」という主張が挙げられます。
確かに、過去の事例でも個人口座を用いた不正が見つかったケースはありますが、単なる「可能性」の段階で大々的な調査が必要かどうかは別問題です。
国税庁が公開している「税務調査手続に関するFAQ」でも、個人の預金通帳の提示が認められるのは「事業関連性が疑われる場合」であると明記されています。
また、調査担当者は「必要とされる趣旨を説明し、ご理解を得られるよう努める」義務があります。
つまり、どの入金や出金をどのように問題視しているのか、具体的な取引や金額を示す必要があるのです。
調査官がこうした説明をできずに「とりあえず全部見たい」と言うだけでは、必要性の説明責任を果たしているとはいえません。
効果的な対応戦略
代表者個人や家族の通帳開示を求められたときは、まず「どのような疑いがあり、そのためにどの期間・どの取引を確認したいのか」を調査官に説明してもらいましょう。
必要性の根拠があいまいなままでは、プライバシーを過剰に侵害される恐れがあり、法的にも不当な調査となりかねません。
- 明確な説明依頼:「具体的にどの入出金に法人資金の流入を疑っているのか教えてください」
- 該当箇所に限定:「必要なら、その取引に関わる期間だけなら開示できます」
こうしたステップを踏むことで、調査官も個人口座全体を無条件に調べる必要性を主張しにくくなり、対象範囲を最小限に絞ることが可能です。
法的根拠を理解した適正な調査対応
税務調査は「適正な課税」を実現するための行政手続きであり、個人情報の保護や企業の正当な権利を無視して進められるものではありません。
したがって、企業側が「法令を踏まえて必要最小限の情報を提供する」という姿勢であれば、調査官も正当な根拠なく過剰な要請を続けることは難しくなります。
逆に、必要な説明があるにもかかわらず一方的に拒否してしまうと、今度は企業側が「調査妨害」とみなされるリスクもあるため、あくまで対話のなかで落としどころを探ることが大切です。
具体的には、国税通則法やFAQで示されている条文や文言を適宜引用し、「このように事業関連性が疑われるケースに限り個人口座の調査が認められていますが、今回どの取引が対象でしょうか?」といった形で冷静に質問を投げかけるとよいでしょう。
必要以上に調査官を警戒・敵視するのではなく、「法令にのっとりつつ協力する用意はあるが、漠然とした指摘には応じられない」というバランス感覚が重要です。
まとめ:自社の権利を守るための実践ポイント
税務調査で代表者個人の情報開示を求められた場合、まずは法的根拠と調査の必要性をしっかり確認することが肝要です。
以下に、実践的なポイントを整理します。
- 質問検査権の対象範囲を把握する
国税通則法第74条の2により、法人税の調査はあくまで「法人」および「法人の帳簿書類その他の物件」が対象とされます。
個人の通帳や家族の預金情報は原則として範囲外であり、事業関連性が明確に疑われる場合だけ開示を求められる可能性があることを理解しましょう。 - 事前通知と「非違が疑われる場合」の要件を確認する
当初の事前通知で個人情報が調査対象に含まれていないにもかかわらず、追加で要請があったときは「非違が疑われる具体的な根拠」を調査官に尋ねましょう。
単なる推測レベルでは追加調査の正当性が乏しいため、要求範囲を最小限に抑えることができます。 - 調査官に具体的な説明を求める
「なぜその通帳が必要なのか」「どの取引に疑いがあるのか」を明確に説明できないまま、個人情報を無条件で提供する必要はありません。
法律に従って開示する意思は示しつつも、説明責任が果たされない段階では開示を留保するのが適切です。 - 疑いがある場合は対象期間や取引を限定して開示
もし本当に法人資金が個人口座に紛れ込んでいる可能性があるなら、具体的な入出金明細だけを提示するなど、必要最小限の範囲で協力しましょう。
調査官にとっても、すべてを見なくても疑いが晴れる部分が明らかになることがあります。 - 法令やFAQを活用し、冷静に対話する
「どのような場合に個人情報を提示しなければならないのか」を調査官と確認しながら話を進めると、不要な衝突を避けやすくなります。
あくまで対立ではなく「協議」によって円滑に進めるのが理想です。
上記のポイントを踏まえれば、税務調査で代表者個人の情報開示を求められたとしても、慌てずに必要性や法的根拠を確認しながら適切に対応できるでしょう。
重要なのは、企業側も感情に流されず、法的に与えられた権利と義務を踏まえて冷静にコミュニケーションを図ることです。
結果として、適正な調査に協力しつつ、プライバシーの守りすぎや開示しすぎといった不均衡を回避することが可能になります。