相続税対策としての海外移住は、本当に節税対策になるのか?

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週水曜日に、経営者なら知っておきたい「節税対策」についての知識を解説しています。

多くの経営者にとって、事業の成長と共に避けては通れない重要な課題の一つが「相続税対策」です。

特に日本は相続税の最高税率が世界的に見ても高水準であるため、「日本の税負担を避ける目的で海外に移住できないだろうか?」と考える方が少なくありません。

しかし、結論から言えば海外移住は必ずしも万能な相続税対策とはならず、むしろ厳しい規制が設けられているのが現状です。

ここでは、海外移住に関する相続税対策のポイントや日本独自の制度、そして経営者が陥りがちな落とし穴についてわかりやすく解説します。

日本の相続税が高水準となっている背景

まず、なぜ多くの経営者が相続税対策で海外移住を検討するほど、日本の相続税は高いのでしょうか。

その理由を理解することが、海外移住による相続税対策を考える際の前提となります。

日本では、相続税の最高税率が55%と世界的に見ても非常に高い水準に設定されています。

さらに、もともと所得税や法人税などで課税された後の資産に対して、再度課税される構造を持っているため、実質的な「二重課税」と感じる方も多いのです。

これが、日本の経営者が相続税対策に頭を悩ませる最も大きな理由だといえます。

相続税が存在しない国々がある理由

一方で、世界を見渡すと相続税そのものが存在しない国は意外と多くあります。

たとえば、以下のような地域が代表的です。

  • アジア圏:シンガポール、中国(香港含む)、マレーシア
  • オセアニア:オーストラリア、ニュージーランド
  • 欧米:カナダ、スウェーデン

日本人経営者の場合、地理的な近さや時差の少なさからシンガポール、香港、マレーシアなどアジア圏への移住がよく検討されます。

とりわけシンガポールや香港は、資産運用を行った場合でも金融所得に課税されないなどの優遇があるため、移住先として人気が高いのです。

しかし、「相続税がない国へ移住すれば、すぐに節税効果が得られる」と安易に考えるのは危険です。

続いて、そうした考えを大きく左右する日本の税制上のルールや制度について詳しく見ていきましょう。

「10年ルール」による大きな壁

海外移住による相続税対策について調べると、必ず目にするのが「10年ルール」という規定です。

これは「被相続人(財産を残す側)と相続人(財産を受け取る側)の双方が、10年以上海外に居住している場合」に限り、海外にある資産が日本の相続税対象から除外されるというものです。

ここで注意すべき点は、以下のように要件が厳しいことです。

  • 親(被相続人)だけが海外移住しても効果はない
  • 子(相続人)だけが海外移住しても効果はない
  • 親と子の両者が海外に居住し、その期間が10年以上あること
  • そもそも日本国内に残している資産には、日本の相続税が引き続き課税される

この「10年以上」の要件は、もともとは「5年以上」であった時期もあります。

しかし、平成29年(2017年)の税制改正で5年から10年へと引き延ばされました。

これは、国内の資産家や経営者が簡単に海外移住することで相続税を回避できないようにするための措置と考えられています。

つまり、たとえ海外の相続税ゼロの国に移住したとしても、日本の相続税法上で定める「10年」を満たさなければ、国内外を問わず資産に課税される可能性が残るのです。

経営者が見落としがちな「出国税」の存在

日本の相続税法における「10年ルール」だけでもかなりのハードルですが、これとは別に「出国税」(正式名称:国外転出時課税制度)という大きな壁も存在します。

海外移住を検討するとき、この出国税を見過ごしてしまい、後から多額の納税義務が発生するケースが後を絶ちません。

出国税とは何か?

出国税を一言で表すと、「1億円以上の有価証券を保有している人が海外へ移住(転出)する際、まだ売却していない資産の含み益に対して所得税が課される」という制度です。

平成27年(2015年)から施行され、国外へ資産を持ち出そうとする動きを強く牽制しています。

ここで重要となるのは、自社株(非上場株式)も「1億円以上の有価証券」の中に含まれる点です。

多くの経営者は自社株を保有しており、その評価額が合計で1億円を超えるかどうかが問題になります。

一般的な中小企業でも、利益の蓄積や将来的な成長見込みを考慮すると、自社株の評価額が1億円を超えることは珍しくありません。

なぜ経営者にとって重大な影響があるのか

経営者がこの出国税に直面すると、以下のような問題が発生します。

  • 株式を売却しなくても課税される
    実際に資金を得ていない「含み益」に対して課税されるため、納税資金をどこから用意するかという大きな課題が生じます。
  • 納税のために資産を売却せざるを得ない可能性
    経営の中核を担う自社株を、移住前に売却して現金化しなければならないケースも考えられます。これは事業承継の計画や経営体制を大きく乱すリスクが高い行為です。
  • 海外移住のハードルが著しく上がる
    「海外に移住すること自体が難しい」「移住しても想定ほどの節税効果が得られない」という懸念が、そもそもの海外移住計画を断念させる要因になります。

このように、出国税が厳しく適用されることで、もともとは「日本の相続税が高いから海外移住しよう」と考えていた経営者たちが、移住計画を大幅に見直さざるを得ない状況に追い込まれているのです。

出国税の不合理性と実務上の問題

さらに深刻なのは、出国税の性質が「実現していない利益」に対して課税を行う点です。

株式などを売却して実際に利益を確定させたわけではないにもかかわらず、あたかも売却したとみなして税金を課す仕組みになっています。

そのため、出国時にまとまった現金がなければ納税が難しく、仮に納税のために株式を売却すると、所有構成が変わり経営方針に影響を及ぼす可能性があるでしょう。

このように、海外移住を検討する経営者が増えている一方で、「実務上、移住が難しい」「移住しても相続税や所得税を劇的には減らせない」という現実があるため、出国税が創設された2015年以降、実際に海外へ移住を決行する経営者は大幅に減っているとも言われています。

経営者が海外移住を考える代表的なケース

それでは、経営者はどのような場面で海外移住を検討し始めるのでしょうか。

大きく分けると、以下の2つのケースが考えられます。

1. 事業承継型

子供を後継者に据えて事業承継を行う場合、相続税や贈与税の負担が大きく、スムーズに株式を移転できないケースがあります。

そこで、「海外移住して海外資産として贈与・相続すれば、日本の相続税がかからないのではないか」という発想が生まれます。
しかし、前述のとおり10年ルールや出国税の存在により、親と子どちらも長期間の移住を余儀なくされる、あるいは出国時に多額の税が発生するなど、実際には簡単には進められません。

2. M&A型

会社の売却を計画しており、売却後に得た資金の運用や相続時の課税を抑えたいというケースです。

こちらも、海外で得た資金を日本の相続税の対象から外すために海外移住を検討することが多いですが、10年ルールと出国税をクリアできないことが多く、結局は想定していたほどの節税効果を得られないことが少なくありません。

デジタル時代の進展と海外移住の実態

昨今はリモートワークやオンラインツールの普及により、国境を越えて仕事をするハードルが大幅に下がっています。

そのため、技術的には「日本企業を経営しながら海外に住む」というライフスタイルが可能になりました。

しかし、税制面のハードルは依然として高く、特に経営者の場合は出国税のリスクが極めて大きいことから、実際には海外移住を断念せざるを得ない状況に陥りがちです。

「ITの進歩で海外移住が容易になった」と感じる方ほど、税制度の影響を踏まえた慎重な検討が求められます。

海外移住を検討する際に取るべきステップ

それでもなお「海外移住による相続税対策を本気で考えたい」と思う経営者は、以下のステップを踏むことを強くおすすめします。

  • 自社株の評価額を正確に把握する
    顧問税理士などに依頼し、現在の株価や将来的な利益見込みなどを考慮に入れた正確な算定を行います。
  • 出国税の概算を試算する
    実際に海外へ転出した場合に、どの程度の課税が発生するのかを知っておくことで、計画の見直しが可能です。
  • 10年ルールを考慮した長期的な相続計画を立てる
    被相続人と相続人が同じタイミングで長期的に海外に滞在できるか、または他の選択肢があるかを見極めます。
  • 国内で可能な相続税対策と比較検討する
    海外移住以外にも、多様な事業承継スキームや節税手法が存在します。そちらを活用したほうがリスクやコストを抑えられる場合もあります。
  • 早めに専門家に相談する
    税理士や弁護士、コンサルタントなどを交え、現実的な選択肢を洗い出し、メリット・デメリットを総合的に判断しましょう。

これらのステップを踏むことで、単なる思いつきや噂話ではない、合理的な根拠に基づいた海外移住計画を立てることができます。

まとめ:海外移住は「万能の相続税対策」ではない

海外移住が相続税対策になると期待されがちな一方で、「10年ルール」と「出国税」という二つの大きな障壁が存在するため、実際には多くの経営者にとって敷居の高い選択肢となっています。

1つ目の「10年ルール」では、被相続人と相続人の双方が10年以上海外に居住しなければ相続税を回避できないという厳しい要件があります。

2つ目の「出国税」は、1億円以上の有価証券を保有している人が海外へ転出する際に、まだ売却していない株式の含み益に課税されるため、莫大な納税額が発生する可能性がある点が特に問題です。

さらに、日本国内に残した資産については、当然ながら日本の相続税が引き続き課されます。

これらの事情を踏まえると、海外移住は「日本の相続税が高いから」というだけで短絡的に決断すべき方法ではありません。

長期的な観点で、自社株の評価や資産の構成、家族の生活プランなどを総合的に検討する必要があります。

場合によっては、国内での事業承継スキームや他の節税策を組み合わせるほうが、コストやリスクを抑えつつ効果的な対策を実現できることもあるでしょう。

もし本気で海外移住を通じた相続税対策を検討しているならば、まずは自社株の評価と出国税の試算を行い、専門家の力を借りて慎重にシミュレーションすることが不可欠です。

相続税対策は一朝一夕にできるものではないからこそ、早期に情報を集め、複数の選択肢を比較しながら最適な道を見極めていく必要があります。

海外移住を検討する際は、「相続税をゼロにできる」という甘い幻想に飛びつくのではなく、その裏にある税制上のリスクや家族のライフスタイルへの影響を冷静に見極めましょう。

そうすることで、結果的により適切で安定した相続税対策を実行できるはずです。

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