税務調査で「持ち帰り」は拒否できる?知っておくべき3つの用語

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
税務調査と聞くと、「書類をあれこれ要求されて、すべて税務署に持って行かれるのでは…」と不安になる経営者の方は少なくないでしょう。
しかし、実は税務調査で税務署が資料を持ち帰る(留置きする)ことについては、納税者にも“拒否する権利”があるのをご存じでしょうか。
「見せてください」と言われたら、基本的に断れないのは事実です。しかし、だからといって“持ち帰りまで許容しなければならない”とは限りません。
実はここに大切なポイントがあり、多くの方が「提出=持ち帰られる」と思い込んでいることで、不要な負担を背負ってしまっているのです。
本記事では、税務調査の現場で使われる「提示」「提出」「留置き」という3つの言葉の意味を改めて整理します。
そして「税務調査では資料を持ち帰られる(留置きされる)ことを拒否できる!」という事実をしっかり押さえておきましょう。
税務調査における3つの重要な用語
税務調査では「提示」「提出」「留置き」という3つの言葉がよく登場します。
一見すると似たような印象を受けるため、同じように使われていると思われがちですが、法的な定義上は明確な違いがあります。
この違いを正確に把握しておかなければ、調査における自社の権利や義務を正しく理解できず、結果として不利な対応をしてしまう可能性があるのです。
まずは、それぞれがどのような状況を指しているのか、順に見ていきましょう。
「提示」とはどういう意味か
税務調査官は、国税通則法に基づき「質問検査権」を行使して、納税者に対して帳簿や書類の確認を求めることができます。
国税通則法関係通達では、「提示」について次のように定義されています。
「提示」とは、当該職員(調査官)の求めに応じ、遅滞なく当該物件(その写しを含む)の内容を当該職員が確認し得る状態にして示すこと
ここで重要なのは「占有権」になります。
たとえば、調査官が「この帳簿を見せてください」と言った場合、その場で帳簿を開いて内容を見せる行為が「提示」にあたります。
帳簿を手放すわけではなく、あくまでも自社側が帳簿の物理的な管理を続けつつ、中身を確認できるように“見せている”状態を指すのです。
「提出」の本当の意味
次に「提出」という用語ですが、ここに多くの方が誤解を生じさせています。
日常的な感覚では「提出=相手に渡す(手放す)」というイメージが強いため、「提出してください」と言われると書類を持って行かれるのではないか、と身構えてしまう人が少なくありません。
しかし、国税通則法関係通達では「提出」を、次のように定義しています。
「提出」とは、当該職員の求めに応じ、遅滞なく当該職員に当該物件(その写しを含む)の占有を移転すること
これだけ見ると「占有を移転する」と書かれているため、「やはり手元から離れてしまうのか」と不安になるかもしれません。
ですが、実務上の税務調査の現場では、調査官が帳簿や書類を手に取って確認する行為が「提出」に当たります。
占有権という言葉は難しく感じますが、要するに「提示」では視覚的に見せるだけだったものが、もう少し踏み込んで“手渡してある程度自由に調べられる状態”になる、というイメージです。
「この書類を提出してください」と言われても、その場で調査官が手に取ってチェックするだけであり、必ずしも税務署へ持ち帰られるわけではありません。
調査現場での「提示」と「提出」は、内容確認の程度の違いはあるものの、実質的にはほぼ同じように扱われるケースが多いのです。
「留置き」とは何か
「留置き」は、調査官が実際に書類などを税務署に持ち帰って検査する行為を指します。
定義としては、次のように示されています。
「留置き」とは、提出された物件について国税庁、国税局もしくは税務署または税関の庁舎において占有する状態
つまり、書類や帳簿を現場で確認するだけでなく、そのまま調査官が役所側の施設へ持ち帰って細かく分析できるようにする行為です。
納税者が想像している「持って行かれる」イメージはこちらの「留置き」に近いと言えるでしょう。
多くの経営者の方が「提出」を「書類を持って行かれること」と考えていますが、実は本来それは「留置き」が正しい用語になります。
ここを混同すると、調査のやり取りで誤った対応をしてしまうかもしれません。
なぜこの区別が重要なのか
これら3つの用語を正しく理解しておくことが重要な理由は、各行為に対する納税者の権利が異なるからです。
とりわけ知っておいてほしいのが、次の2点です。
- 「提示」や「提出」は納税者が拒否できない
- 「留置き」は納税者が拒否できる
税務調査では、調査官が「この資料を見せてください(提示)」あるいは「手に取って確認させてください(提出)」と求めたとき、納税者は正当な理由がない限りこれを拒否することはできません。
調査官は法律で「質問検査権」が認められており、必要な書類を確認する行為は税務調査を進める上で基本的な権限だからです。
一方で、「留置き」は別です。
税務署や国税局に書類を持ち帰る「留置き」を求められた場合、必要書類を社内に残しておく必要性が高いと判断すれば、納税者は拒否する権利を有しています。
もちろん調査官とのやり取りによっては、一部の書類をコピーした上で原本は手元に残し、コピーを調査官に渡すという対応も可能です。
いずれにせよ、「留置き」は断れる権利があるという点を理解しておくと、重要な書類を不用意に手放さずに済むでしょう。
実務上の対応ポイント
税務調査の現場で混乱しないためには、事前の準備と正確な知識が欠かせません。
そこで、以下のポイントを押さえておくことをおすすめします。
- どのように求められているのかを確認する
調査官から「提出してください」と言われた場合でも、実際には“その場での確認”を求めているだけの場合があります。
混同を避けるためにも、相手が「提示・提出」を意味しているのか、それとも「留置き」を希望しているのかを明確に尋ねましょう。 - 留置きを求められた際はコピーの活用を検討する
「留置き」で原本を持ち帰られてしまうと、社内で日常業務に使う書類が手元からなくなるというリスクがあります。
必要に応じて「コピーを取って原本はこちらに残したい」という申し出をし、調査官にコピーを渡す形で協力できるか相談してみましょう。 - 留置きを受け入れる場合は必ず記録を残す
どの書類がどの期間留置きされるのか、またいつ戻ってくるのかといった情報は、後々のトラブル防止のためにも明確にしておく必要があります。
書類名や書類の種類、数量、返却予定日などをきちんとリスト化し、相手と内容を確認しておきましょう。 - 提示・提出を求められそうな書類は事前に整理しておく
調査当日、書類があちこちに散らばっているとスムーズに提示・提出ができず、余計な時間を取られてしまいます。
特に帳簿や請求書などは保管場所をしっかりと定め、すぐに取り出せる状態にしておくと安心です。
これらのポイントを意識しながら、相手の要求が「提示・提出」なのか「留置き」なのかをしっかりと確認することで、やり取りを円滑に進めることができます。
相手が何を求めているのかを正しく理解し、必要以上に不安になるのを避けましょう。
法的根拠を知っておこう
これらの定義や権限の根拠となっているのは、国税通則法第74条の2から第74条の7までの規定と、それに関連する通達です。
具体的に条文を見ておくことで、調査官が行う行為にどういった法的根拠があるのかを理解できます。
国税通則法第74条の2(一部抜粋)
その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件(その写しを含む。)の提示若しくは提出を求めることができる。
このように、法律に基づいて税務当局は書類の「提示」や「提出」を求める権限を持っています。
一方で「留置き」に関しては、納税者の原本保管の必要性を踏まえ、必ずしも応じなければならないものではありません。
実際の運用では、調査官との話し合いにより、コピーで対応できるケースも多いのです。
まとめ:正しい理解が適切な対応の第一歩
税務調査における「提示」「提出」「留置き」の違いを正確に理解することは、企業側が混乱を避けつつ自社の権利を守るための最初のステップです。
多くの経営者は「提出」という言葉を聞いただけで「税務署に持ち帰られてしまうのでは?」と心配しがちです。
しかし、実は調査現場での「提出」とは書類を手渡して確認してもらう行為を指し、必ずしも税務署に書類が移されるわけではありません。
もし、調査官が「留置き」を希望してきても、必要な書類の原本が社内業務に影響するならば、コピーを取って原本は手元に残すよう申し出ることもできます。
留置きを拒否するという選択肢もあるため、最終的にどうするかは調査官との協議次第です。私も留置きはすべて拒否をしています。
適切に対応するためには、まずは「提示」「提出」「留置き」の言葉の意味を理解しておく必要があります。
そのうえで、調査当日に慌てないよう書類の整理・管理を徹底し、相手が何を求めているのかを正しく把握しましょう。
権利を知り、円滑なやり取りを心がけることで、税務調査も過度に恐れるものではなくなります。
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